『ハドリアヌス帝の回想 (Mémoires d'Hadrien)』を読み解く #4

Ma marge d’hésitation ne s’étend plus sur des années, mais sur des mois. Mes chances de finir d’un coup de poignard au cœur ou d’une chute de cheval deviennent des plus minimes ; la peste paraît improbable ; la lèpre ou le cancer semblent définitivement distancés. Je ne cours plus le risque de tomber aux frontières frappé d’une hache calédonienne ou transpercé d’une flèche parthe ; les tempêtes n’ont pas su profiter des occasions offertes, et le sorcier qui m’a prédit que je ne me noierai pas semble avoir eu raison. Je mourrai à Tibur, à Rome, ou à Naples tout au plus, et une crise d’étouffement se chargera de la besogne. Serai-je emporté par la dixième crise, ou par la centième ? Toute la question est là. Comme le voyageur qui navigue entre les îles de l’Archipel voit la buée lumineuse se lever vers le soir, et découvre peu à peu la ligne du rivage, je commence à apercevoir le profil de ma mort.

訳) 数か月の命への躊躇の余地はあるが、数年に対してはもはやない。心臓を一突きされることによって、あるいは落馬で人生を終えるという可能性はよりすくなくなっている。ペストに感染することなんてありえないだろうし、ハンセン病や癌に蝕まれることは永久にないだろう。パルティア人の矢に貫かれたり、カレドニア人の斧で切りつけられて生死の狭間に倒れるというような危険は冒さない。いかなる嵐も私は乗り切ってきた。私が溺死することはないだろうと予言した呪術師が正しかったということだろう。私はティヴォリかローマあるいはせいぜいナポリで死ぬのだろう。そして、呼吸困難が私の人生にけりをつけるだろう。私は10回目あるいは100回目の発作で息を引き取るのだろうか?それだけがすべての疑問なのだ。エーゲ海の島々の間を航海する旅人が光に照らされた霧が夕暮れ時に立ち込めるのを見て、岸の輪郭をすこしずつとらえるように、私も死の外郭を知覚しはじめている。

ポイント)

distancer: 追い抜く、引き離す

se noyer: 溺死する

la besogne: 仕事、労役


tout au plus: せいぜい = au plus

emporterfaire mourir, tuer

voir+名詞+不定詞: 名詞が不定詞するのを見える



解説)

Calédonien: カレドニア人

→ カレドニアはグレートブリテン島の北部を意味する地名でローマ帝国が名付けたことに由来する。ほぼ現在のスコットランドにあたる。

Parthe: パルティア人

→ パルティアは紀元前3世紀の中頃から紀元後3世紀初めまでの約5百年にわたり、イラン高原を支配した、イラン系民族の国家。ローマ帝国とたびたび戦火を交えた。パルティア人たちはもともと遊牧民であったため、騎馬戦術に優れており、騎馬と弓矢を合わせた戦術はローマ帝国を大いに苦しめた。


ひとりごと)

"les tempêtes n’ont pas su profiter des occasions offertes"

直訳すると「嵐は与えられた機会を活かすことができなかった」となり、ここでは意味が分かりづらくなってしまうので訳を工夫する必要があった。まず、なんの「機会」なのかを明確にする必要がある。ここでは、皇帝の命を奪う機会であると文脈から読み取った。「嵐は皇帝の命を奪う機会を活かすことができなかった」これでもまだ理解しづらい。その原因は主語が「嵐」になっているからだ。フランス語では無生物が主語になることはよくあるが、日本語ではまれである。そこで、皇帝を主語にして、文を整え、上記のような訳に落ち着いた。

"Comme le voyageur qui navigue entre les îles de l’Archipel voit la buée lumineuse se lever vers le soir, et découvre peu à peu la ligne du rivage, je commence à apercevoir le profil de ma mort"

"découvrir"は「発見する」という代表的な意味がある。しかしながら、「岸の輪郭を発見する」という訳は個人的にぎこちなさを感じたので不採用にした。次に「岸の輪郭を見出す」という訳を思いついたが、その前の文ですでに「見る」という訳を使っているので同じ動詞を使うことをためらい、結果「とらえる」という訳を採用した。

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