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【海外就職】新卒でハンガリーに就職した話

4 日前
読了時間: 4分

日本の大学の3年生の秋学期から4年生の春学期まで約10か月間フランスに留学した。語学留学ではなく交換留学のだったので、大学附属の語学学校への留学ではなく、大学の文学部への留学だった。


その留学生活の終盤に縁があってハンガリー人のガールフレンドができた。フランスに留学する前はまさかハンガリー人の恋人ができるなんて夢にも思わなかった。しかも、彼女は高校2年生、17歳だった。僕は大学4年生で、1浪していたので23歳だった。


留学生活が終わり日本に帰ることになり、フランスとハンガリーの小距離恋愛だったのが日本とハンガリーの遠距離恋愛になった。当初は日本で就職をして、お金を貯め、年に何回か彼女のもとを訪れ、遠距離恋愛を続けてる計画だった。


その計画通り、僕は日本で3社中2社から内定をもらった。これで就活を終了することもできたが、当時の僕はその彼女に夢中だった。そして、その恋の炎は23歳の非モテ就活生を「ハンガリーで就職する」という行動に駆り立てて行った。


まずはWordソフトで英語の履歴書を作成した。当時はChat GPTなんてものはないからネットで情報を調べて、全て手作業で作成した。また、英語も今のように指示を出したら添削してくれる無料のツールなんてものはなかったので、アメリカ人の友人に添削をしてもらった。


次に履歴書の送り先であるが、ジェトロという日本企業の海外進出や貿易投資の促進を支援している独立行政法人があり、そこがハンガリーに進出している日系企業をリスト化して公開していたのでそこに載っているメールアドレスに片っ端から履歴書を送りつけた。それに加えて、ネットで日本企業とやり取りがあるハンガリーの企業を調べて出てきた会社にも履歴書を送りつけた。合計60社くらいだっただろうか。


60社のうち、8割は返信がなかった。残りの2割のうち1.8割は新卒の採用予定がないと丁寧に返信をくれた会社だった。0.2割は学生時代に目立った成果もなく、職歴ももちろんないこの平凡な就活生に興味を持ってくれ、メールでのやり取りが続いた。


幸いなことに、その数少ない企業の内1社が最も興味を示してくれた。それはハンガリーの中小IT企業で日本人の顧客にオーダーメイドのソフトウェアを開発・販売している会社だった。ただ、社内に日本人スタッフはおろか日本語を話せたり、日本のビジネス文化を理解している社員が1人もいないため、ソフトウェアの日本語の誤りが多くあったり、ビジネス文化の違いで取引先と軋轢が度々生じたりしていた。なので、日本人のスタッフはたとえ社会人経験がなくても喉から手が出るほど欲しかったらしい。


ちなみに、ワーキングホリデー協定が結ばれたこともあり、今でこそハンガリーにはそれなりに日本人が住んでいるが、僕が大学生だった2015年当時は日本人は今ほど多くなかった。そもそも、日本と取引をしているハンガリーの企業はそれほど多くなかったが0ではない。なので、日本人顧客がいるハンガリーの企業では日本人は重宝された。


話を戻すが、そのIT企業が新規顧客獲得のために3か月後に幕張メッセで行われるITフェスに3日間参加するというのだ。そして、そのフェスに僕も参加をして一緒に働いてほしいとメールで言われた。フェスでの働きが認められれば内定をもらえる可能性は一気にあがるため願ったり叶ったりの展開だった。


こうして3日間、社長と日本事業の部長の前で、呼び込みをし、製品の説明をし、名刺交換をし、新規顧客獲得のために僕は必死に働いた。ちなみに、製品の知識は1日目のフェス開会前に部長から説明されたことをなんとか頭に叩き込んだものだった。ただ、なんとかぼろは出ず3日間を乗り切った。そして、目論見通り、フェスでの働きが評価され内定をもらうことができた。


ただ、海外就職の最難関ポイントはその後にある。就労ビザだ。いくら会社が内定を出して、ビザの申請をしても、その国の移民局がビザを発給しなければ働くことはできない。今もヨーロッパは移民や難民の問題が大きくクローズアップされているが、当時も今と同じくらい問題になっていた。通常、自国の企業は自国民の雇用を優先しなければならず、外国人を雇用する場合は相応の理由を示さなければならなかった。


いくら日本人顧客がいるから日本人のスタッフが必要であっても社会人歴のない日本人に対して就労ビザが下りる可能性は低かった。そこで、最初の1年は待遇は正社員であるものの、雇用形態はインターンシップとして、就労ビザよりもはるかに下りやすいインターンシップビザで仕事をし、2年目に就労ビザに切り替えることになった。


それが功を奏し、無事にハンガリーのインターンシップビザが下り、僕は2016年の大学卒業後にすぐにハンガリーに移住することになった。そしてそこから2023年まで約7年間、20代の大半をハンガリーで過ごすことになるとはその時は知る由もなかった。


2016年に撮った、ハンガリーで有名な鎖橋の写真
2016年に撮った、ハンガリーで有名な鎖橋の写真






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