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僕の語学史Ⅲ

マンツーマンレッスンを快く引き受けてくれたロシア語の先生は、とにかくテンションが高かった。


40代後半で、すらりと背が高く、流暢な日本語を話す——ここまでは想像通りだ。でも一つだけ予想外だったのが、その日本語に関西弁が混じっていることだった。ウクライナ人なのに関西弁。このギャップが、なんともいえない独特の雰囲気を醸し出していた。どこで覚えたんですか、と聞きそびれたのが今でも少し悔やまれる。


レッスンは毎週月曜日の10時から11時、1時間。テキストは市販の参考書を僕が持ち込んで使うことになった。場所は先生の研究室で、二人きりの完全マンツーマンだ。

さあ、ここからロシア語が一気に上達する——そう信じて、僕は初回のレッスンに臨んだ。


レッスン初日、早々に現実を突きつけられた。

「まずキリル文字が読めるか確認しましょう」と先生が言い、テキストの単語を指さす。「じゃあこれ、読んでみて」。


読めない。


いや、正確には「すらすら読めない」のだ。一文字一文字、頭の中で必死に変換しながら、ぎこちなく口に出す。緊張しているわけじゃない。単純に、読めないのだ。


あれだけ書いて書いて書きまくって、「よし、習得した」と思っていたキリル文字。それは完全に自己満足だったと、先生の前で白日のもとにさらされた。自分の部屋でノートに書くのと、初対面の人の前でリアルタイムに読むのとでは、まったく違う能力が要求される。僕が鍛えていたのは前者だけだったのだ。


結果、マンツーマンレッスンはキリル文字の習得からやり直し、という出だしになった。出鼻をくじかれるとはまさにこのことである。


しかし、先生のレッスンは楽しかった。

構成はシンプルで、毎回ほぼ同じ流れだった。最初の20分ほどがロシア語でのフリートーク、次に文法の解説、最後にテキストを声に出して読む時間。この3本立てだ。


フリートークから始めるというのは、初心者にはなかなかハードルが高い。「ロシア語で話せ」と言われても、単語もろくに知らないのだからしどろもどろになるのは当然だ。でも先生はそれを責めるわけでも急かすわけでもなく、「まあとりあえず言ってみて」とにこやかに促してくれる。うまく言えなければ正しい言い方を教えてくれて、発音がおかしければその場で丁寧に直してくれる。ロシア語には日本人が苦手とする巻き舌の「р」など、なかなか口が慣れない音がいくつもあるのだが、先生は何度でも根気よく付き合ってくれた。


文法の説明も、絶妙だった。関西弁が混じる独特のイントネーションで、「これな、こういうパターンやねん」「ここ間違えやすいから気ぃつけてな」とテンポよく解説してくれる。堅苦しくなく、でも内容は本質をきっちり押さえている。あの格変化の説明も、先生の口にかかると不思議と頭に入ってきた。


語学の上達に一番必要なのは、良い環境と良い先生だと、このとき強く実感した。


そんなレッスンを続けて、3か月が経った。

気がつくと、自分でも驚くほどロシア語が上達していた。

まず、キリル文字がほぼ完璧にすらすら読めるようになった。あれだけ苦労した文字が、今では見た瞬間に音として頭に入ってくる。フリートークも、最初のころとは別人のように言葉が出てくるようになっていた。完璧にはほど遠いけれど、伝えたいことをロシア語で形にしようとする回路が、確実に脳の中にできてきた感覚があった。


彼女とのチャットも変わってきた。以前は英語一辺倒だったのが、少しずつロシア語の文章を混ぜるようになった。つたないロシア語を送るたびに、彼女は「上手くなってる!」と喜んでくれた。それがまた、モチベーションになった。


先生も、僕の成長を心から喜んでくれた。自分のことのように、本当に嬉しそうに。そんな先生の顔を見るたびに、「もっと上手くなりたい」という気持ちが強くなっていった。


そして、ある日ふと思った。

この上達を、形にしてみたい。

先生をもっと喜ばせたい、という気持ちも正直あった。そこで僕は、ロシア語検定の受験を考え始めた。

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